「当事者ではない」中谷友香だから描けるオウム事件
オウム事件の死刑囚に対する死刑執行から1年。中村昇受刑者と15年間、対話を重ねてきたカウンセラーの中谷友香さんが語る。
■当事者ではない自分にできること
―実際、読者の方にはどのように受け入れられたんでしょうか。
これは本当に偶然なんですが、先日あるコンサート会場で、林郁夫さん(無期懲役の判決を受け服役中)が出家前に病院で一緒に働いてた方と知り合ったんです。
当時病院では、林医師をオウムに取られまいと、かなりの反対姿勢があったようです。そのときオウムからは、白い服を着た若い子が来ていたと。林郁夫さんの世話係は中村(昇受刑者)君だったので、本人に聞いてみたら、「それ、僕」っていうんですよ。
―本当に偶然ですね。
はい。本当に……びっくりです。
当時は「なんか変な人たちに林郁夫医師が取られる」と思っていた。林郁夫医師は、病院内でも入信の勧誘をしていたらしく、「なんで林先生はあんなに一生懸命になっているのだろう」と、理解できなかったそうです。
でも、その方にも『幻想の√5』を読んでもらえて、「この本ではじめて分かった。あんな人たちだったんですね。」と言っていただきました。
―はじめて分かったんですか。もうサリン事件から25年も経つのに。
当時を知る医師や看護師が集まると、いまだに話に出ているそうです。「何で林さんはあんなことをしでかしてしまったんだろう」「何であんなことになっちゃったんだろう。」と、ずっと言い続けてきたと。
しかし、今回私の本を読んでくださり、林医師や当時の信者の人たちが、社会の事を真剣に考えていたことは事実だったと分かったそうです。
-その他には、どんな声が届いていますか。
『幻想の√5』を読んでくれた別の知人は,ビートたけしや中沢新一と麻原の対談をよく読んでいて、当時は入信してもおかしくないくらい近く感じていたそうです。
それだけに、「あのようなことが、だれもが陥りうる穴だと理解するうえで、貴重な記録だ」とご感想をいただきました。
また、事件当時を知らない若い世代の方からいただいた、「死刑執行を知ったとき、『事件を起こした人達が死刑でいなくなれば日本社会も平和になる』と思って嬉しかった。しかし、それは大きな間違いだった。どんな事件だったか、どんな人達だったか、私は本当に何も知らなかったんですね。」という言葉は深く心に残りました。
私は元々オウムと関係ないし、マスコミやジャーナリストでもない。その意味では読者の人たちに近い立場と言えますから、敷居が低い分、読んでみようかという気になってくれて、よかったです。
■中村昇は『幻想の√5』をどう受け取ったか
―『幻想の√5』を、交流のあった死刑囚の方々が読んだら、どう思われたでしょうか。
私は当然、彼らが死んだからといって「鬼の居ぬ間に……」というようなつもりでは書いていません。そもそも、彼らの移送から死刑執行までの期間が、あんなに短いとは思ってもいなかった。書き始めたときから、少なくとも中村君には読んでもらうつもりでした。
実際に彼らが読んだら、「あ、こういう目で俺の事を見てたのか」とわかってしまう恥ずかしさもありましたけどね(苦笑)。しかしそれは本を書く以上、大前提だと思ってました。中村君には、「ちょっと上から目線に感じたらごめんね、やむを得ず」とエクスキューズをいれましたけどね(笑)。
-死刑囚や中村受刑者だけでなく、中谷さんご自身のことを書くのにも覚悟が必要だったと想像します。
これまで匿名に拘っていた中村君に自分を手放してもらう以上、私も自分自身を手放さないといけない。いろいろな葛藤がありましたが、そういったことも踏まえて私自身の生い立ちについても書いたわけです。
オウムでは、薬物による儀式を「イニシエーション(通過儀礼)」と呼んでいました。中村君はこの本を通じて、成人してからはじめて「中村昇」という名前を以て言葉を発したわけです。ですからこの本は彼にとって、そして私にとっても「通過儀礼」になったのかもしれません。
―中村受刑者自身からは感想をもらえましたか。
刑務所では差し入れの本について,内容によっては制限される事もあるようですが、今回の本は許可が下りて、無事本人の手に渡ったと連絡がありました。
もちろん内容の多くは、中村君本人が経験したことや、私の口から伝えてきたことです。それでも彼からの手紙には、彼らとの交流を夫をはじめ家族が応援してくれたことについて、改めて「とても胸が温かくなった」と書いてありましたし、同時に拘置所時代のいろいろなことを思い出したようです。「(端本)悟にも読ませたかったな」というのも、中村君らしいですよね。
(第3回へつづく)
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KEYWORDS:
『幻想の√5 なぜ私はオウム受刑者の身元引受人になったのか』
中谷 友香 (著)
マスコミが報道しなかった!できなかった!
オウム死刑囚たちの肉声と素顔が明らかになる。
なぜオウム真理教事件は引き起こされたのか?
いままで語られなかった事件の真相と再発防止のための第一級資料が公開。
「なぜ私はオウム受刑者の身元引受け人になったのか」死刑執行された林泰男、早川紀代秀ほか死刑囚たち、また無期懲役としていまも収監されている中村昇受刑者(オウム真理教最古参メンバーのひとり)と、著者は15年にわたり面会や書簡を通して交流を続けてきた。そこで見てきた死刑囚たちや受刑者の素顔とはどんなものだったのか? マスコミにこれまで一度も公開されることのなかった彼らの肉声とは何だったのか? かつて仲間だった死刑囚たちが死刑執行されたいま、中村受刑者は何を思うのか? 戦後最大の悲惨な宗教事件として名を残すオウム真理教事件。あのようなことはもう二度と起こらないと言えるか? 事件当時、そして死刑執行直前まで彼らが考えてきた再発防止とは? 死刑囚また受刑者の肉声からは、これまで公開されてこなかった加害者たちの素顔と、事件を起こすまでの彼らの心理状態が赤裸々に語られている。「オウム真理教事件」の真相に迫った第一級資料として世に問うノンフィクション。